裁定取引の終焉とポジション作り


参院選投票日を今週末に控え、ここしばらく停滞していたsangi.inの予測市場の取引も再び活性化してきました。マスメディアが公表する世論動向に沿った形で各銘柄の株価も変化しているようです。


短期の鞘抜き売買と(比較的)長期の予測

この参議院選予測市場では「手持ちの資金を増やした人が勝ち」というルールですが、それには大きく二通りのやり方があります。一つは途中売買によるものです。市場もしくは市場運営者から安く買い、高く売ればその差額が利益になります。予測市場では必ずしも最後の瞬間まで予測している(ポジションを持つ:自分が予測した価格にそって銘柄株を所有する)必要はありません。株価の変動に応じて売買を繰り返してもいいわけです。いわゆる「デイトレーダー」的な行動です。特に今回は結果が出るまでの期間が長い(予測市場のオープンから3週間強)ので、こうした取引が多かったと思われます。

今回の制度設計では市場運営者側との間で「セット」と呼ばれる銘柄ペアを常に定額で売買できたため、市場での取引価格との差をついて利益を得ようとした参加者が多く見られました。ですので、株価は大きく変動することなく、少しでも「市場の歪み」が見つかると、あっという間に裁定取引が行われ、ほとんど株価が動かないという状態がしばらく続いていました。もちろん、この状態でも株価の変動はあって然るべきですが、どの水準が適当か、という判断基準があまりなく、また参加者の不慣れ(初めてなので当たり前ですが)なこともあり、ちょうど両者拮抗する価格帯で落ち着いていたようです。今後、何度かの選挙予測を通じてこうした取引を何度か繰り返していくと、マスメディアのニュースなどの情報によって各銘柄の価格が変動し、それによって売買益を得る、という行動も出てくると思います。


さて、手持ち資金を増やすもう一つの方法は「予測を当てること」です。予測市場なのだから当たり前だと思われがちですが、これは意外と難しいことです。まず今回のような制度設計では必ずしも自分の思った価格(予測した獲得議席数)で株式を購入できるわけではありません。板の仕組みを使ったダブルオークション方式のため、ある価格で売買するためにはそこに至る板上の注文を全てこなす必要があります。

例えば、与党株の現在値が60円の時、自分は50円(50議席)という価格を予測したとします。後述する精算ルールにもよりますが、出来る限り50円に近い価格で与党株を所有していることが「正しい予測」であることになります。そのためには出来る限り50円に近い値段で売買しなければなりません。ですが、市場には現在の価格よりも少しでも安く買いたい人が他にもいます。すると、55円なら買う、57円でも買う、という人たちと勝負しないといけないわけです。とすると、本当は50円で買いたいのに、59円でしか買えなかった、ということがおきます。その次は59円の持ち株を売って、58円もしくはさらに安い値段で買う、という行為を行わなければなりません。逆の場合(60円よりも高いと予測)も同様のステップを踏む必要があります。相場の流れが同じ方向に勢いづいていれば別ですが、これはなかなか大変なことです。

もちろん、「他人の意見を参考にしながら自らの考えを修正して動く」という予測市場の性質上、あまりにもかけ離れた価格(予測値)は「誤り」である可能性が高いわけですから、このあたりの行動は難しいところです。

また、予測していたとおりの価格で購入できてしまった(ポジションを組んだ)場合、その後は自らの予測が変化しない限り、これ以上することがありません。市場参加者がみな同じように、自らの予測した価格で株を購入してしまった場合、流動性が低下してしまう恐れもあります。ダブルオークション方式が持つ課題の一つでもあります。なにより、することが無くなってしまうと予測市場に参加していてもツマラナイですよね。


投票日まで残り一週間を切った今、与党株が値を下げ、野党株が値を上げている状況は、マスメディアが伝える動向に近づきつつあります。これは、短期売買で鞘を抜くよりも、自らが予測するポジションを組んで予測を当てることによって利益を得ることへと市場参加者の行動が変化していると言えるでしょう。

キャッシュアウトの方法は?

取引終了日は「投票日前日の28日23:59(投票日前日)」と発表になりましたが、予測が当たったことによる利益配分(キャッシュアウト)のルールがまだ不明なので、市場運営者側から明確な説明が欲しいところです。一つの考え方として、取引を終了した後、最終的な獲得議席数によって各銘柄の終値を確定し、強制的に全株式の払い戻しをするというやり方があります。この場合、購入額と最終的な終値との差額が利益となります。inklingの場合は株価変動の方向性と予測誤差の絶対値で評価をしています(参考:「inklingで数字そのものを予測する際の評価手法」)。


この方法の場合、購入時の株価が最終的な終値とかけ離れていればいるほど利益が大きくなります。つまり、他の市場参加者が間違った予測をしていた頃から正しい予測が出来ていた人には大きな利潤をもたらすという発想です。早めの予測を促すと言う意味でも好都合です。ただし、「正確な予測」を評価する、という立場にたってみるとどうでしょうか。


例えば次のケースを考えてみます。買値と最終的な終値との値動きの方向性が合っていれば、その差額が利益となるという制度設計の場合です。
まず、与党株は70円で最初の取引が始まったとします。ある日、Aさんは50円で与党株を取得しました。その後、株価は下落上昇し、70円になったところでBさんも与党株を取得しました。この時点でAさんは20円/株の評価益が発生しています。しかし、最終的に与党株の終値が50円だったとすると、Aさんはプラスマイナスゼロ、Bさんは20円/株のプラスという評価になります。

Aさんは早い時点で正しい予測をしているのに、後から参加したBさんの方が高い評価を得ているということになります。こうしたケースでどちらの行動をより高く評価するかは難しい問題です。


sangi.inがキャッシュアウトの手法として、どのようなルールを考えているのか興味深いところです。

不自然(?)な板情報

さて、次の画像はある日の与党株の板情報です。何かおかしいところがあるのか、と聞かれれば、「無い」と言わざるを得ないのですが、個人的にはちょっと不自然すぎるのではないかと思えて仕方がありません。与党株、野党株、それぞれの板がこのように売りも買いも綺麗に数円刻みで並んでいるのです。それもここ数日はほとんど動き無く。



もちろん、様々な考えを持った人が世の中には存在して、その人たちが自らの考えを元にポジションを組んで市場に参加しているのであれば、こうした板の形にならないとも言えません。しかし、選挙の獲得議席数予測のようにある程度、方向性や数字が見えている世界で、あえてこのような行動をとる市場参加者がいる(様々な価格に売りと買いの注文が並んでいる)というのは、なんとも不思議な感じです。


市場参加者個々人の予測行動(売買行動)がどのようなものであったか、様々な視点で詳細に分析した結果が公表されると、今後の予測市場の研究の役に立つと思います。